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社会保障での「普遍主義」と「選別主義」
12月4日に衆議院選挙が公示されました。

多数の政党が乱立し、円高、デフレ、原発、エネルギー、消費税、外交などの問題について議論を交わしていますが、国民の最も関心の高い、社会保障の問題について、積極的な意見を述べる政党が少ないようです。

その理由は、社会保障制度が極めて専門的であり、政治家には分りにくいこと、そして、社会保障制度は、頻回に制度を変更することが困難であり、かつ、財政的な制約から、結局同じような対策になり、違いが打ち出せないことなどが理由なのでしょう。

しかし、100兆円を超える社会保障費や、30兆円に迫る社会保障関係の予算(国債費と地方交付金を除いた予算の半分以上を占める)などから考えても、最も関心を持つべき問題なのです。

社会保障の考え方を整理すると、「普遍主義」と「選別主義」に分けることが出来ます。

「普遍主義」とは、財産の多い少ない、所得の多い少ないに関わらず、一定額の保障を提供する考え方であり、日本で言えば、年金、医療保険や介護保険などの社会保険がその典型例です。

この様な社会保険は、お金持ちと低所得の人に対して、多少の給付の差や、保険料の差を設けてはいますが、ほぼ、一定の給付と保険料の徴収を行っています。

つまり、「普遍的」に保障をしているのです。

「ベーシックインカム」の考え方も、「普遍主義」に基づいています。

「ベーシックインカム」とは、国民すべてに、一定額の給付を行うものです。

一定額の給付、例えば、10万円の給付を、すべての国民が受けられるとすれば、勤労によって得た所得をその上に上乗せすることが出来るので、30万円/毎月の所得がある人は、40万円/月となり、所得がない場合も、10万円/月の生活費を得る事が出来ます。

その代わり、租税によって、その原資を賄うことになります(租税は累進的になります)。

この様に、「普遍主義」を実行する場合は、「大きな政府」が必要になります。

多くの国民が一定以上の生活を行うことが出来る代わりに、負担も大きくなる代わりに、所得格差は縮むのです。

これに対して、「選別主義」は、一般の感覚とほぼ同じです。

つまり、本当に貧しい場合にのみ、社会扶助を行い、その他の一般の人は、自力で生活を行ってもらう考え方です。

この場合問題になるのは、どの程度貧しい人を「貧困者」と認定するのかです。

この基準を下げると、予算は少なくて済み、税金も軽くなります。

基準をあげると、予算が増加し、その為に、税金をあげなければなりません。

そして、時には、不正に、貧しい風を装って、給付を受けようとする、不届き者も出てきます。

そして、社会扶助を受ける為には、「資産調査」が必要となります。

「資産調査」は、行政当局に、自分の財産を身ぐるみ査定され、財産が残っていれば、使うように、あるいは売却するように指示されます。

この様な資産調査によって、尊厳を失うと考える人も数多く生まれます。

社会保障政策は、どの程度「普遍主義」によって、給付を行うのか、あるいは、「選別主義」によって、給付を制限するのかについての選択となります。

それと同時に、国民負担を大きくする(普遍主義)、あるいは、負担を下げる(選別主義)の選択ともなります。

ただし、日本政府は負担なしで、給付を行ってきたのです。


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[2012/12/14 15:15] | 社会・福祉業界について | トラックバック(0) | page top
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